「鼻くそについて」
さてさて。
今日は“正しいって何?”てことについて、鼻くそを例にかいてみました。
例えば憧れのA子さんの顔を見ると、特大の鼻くそが出てたとしよう。
ただ事ではないので真剣に考えてみたい。
教えるのが正しいか、教えないが正しいか。
教える場合A子さんにとってプラスになりうる点
・多くの人に見られるのを防ぐ。
・後で気付いて恥ずかしい思いをしなくてすむ。
・笑いが生まれる。さらに後々ネタになる。
教える場合、A子さんにとってマイナスになりうる点
・気付かされたことに対する恥ずかしさとショック。
・弱みを握られる。
・その日一日嫌な気分になる。
教える場合、オレにとってプラスになりうる点
・感謝される。
・その日ずっと相手が鼻くそ出ていることを気にしなくてすむ。
・親近感が生まれる。
教える場合、オレにとってマイナスになりうる点
・恥をかかされたと思われ嫌われる。
・忘れさせるため気を使い続けることになる。
・言う時に少なからず嫌な緊張を伴う。
教えない場合、A子さんにとってプラスになりうる点
・その場では恥ずかしい思いをしなくてすむ。
・風で飛ばされるか、後で自分で気付くかもしれない。
教えない場合、A子さんにとってマイナスになりうる点
・多くの人に見られてしまう。
・かゆい
教えない場合、オレにとってプラスになりうる点
・変な緊張を味わなくてすむ。
・見てて愛おしさと切なさを感じ、もっと好きになる。
教えない場合、オレにとってマイナスになりうる点
・後で自分で気付いた時に、教えなかったことに対して冷たい人と思われ嫌われる。
・好きな人の鼻くそ出てる顔を見続けなければならない。当然まじめな話のときも。
これ以外にも書き上げれば切りがない。
しかしその場ではそんな深くは考えていられないだろう。
ちなみにオレだったら上にはないが、「見なかったことにする」である。
色々気をもむことが煩わしいので。
やはり“正しさ”なんてものは個人の好みに行き着く。
どんな議論も答えなんてものはなく、「どの考え方が自分にとって心地いいか」がそれぞれの人の意見の前提になってると思う。
てことはある人の言ってることが正しいかどうかは、聞く人の好みにかかってるのだ。
さも自分の意見が正しそうに、自信満々に発言する人には注意しよう。
その内容に批判が多い場合は特に。
その人は自分の意見を押し付けることに“心地よさ”を感じてるのだろう。
内容は本人も実はどうでもよかったりする。
オレはそういう人間が嫌いだ。
そういう人は往々にして行動をともなわないからだ。
この辺にしとかないと自己嫌悪に陥るので最後は笑顔で終わりたい。
おっぱい。 ウヒャヒャヒャヒャ〜♪

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